「梅雨時は『追風用意』(匂い袋など)で気遣いを?」 2011.6月号



「寝殿より御堂の廊に通ふ女房の『追風用意』など、人目なき山里ともいはず、心遣ひしたり」徒然草より

―山中にある山荘の寝殿から、仏事が行われる御仏堂の廊下を行ったり来たりしている女房達が、着物にたきしめた香り風に漂わせているのは、人のいない山里にもかかわらず、細やかな心遣いであるー

『追風用意』とは、身だしなみの一つとして、人とすれ違い、通った後に、ほのかに香りが漂うように、お香を着物に焚き染めたり、帯に匂い袋を忍ばせておくことである。
 今の香水みたいにプンプンと香りで主張するのでなく、『追風』が来た時、またすれ違う時の風で、香りがほのかに語りかけるようしておく(『用意』)ことで、他人への心遣いが何とも風流な事である。
 ここでの主張は、自分オリジナルのお香を演出する事によってであろう。
香水も工夫すれば、そのようになる。
 現在の匂い袋は、携帯電話に付けたり、名刺入れに入れたり、車に置いたりいろいろと工夫をすれば、プチ風流が楽しめるではないか。

 昔のことだが、あるお座敷で青年会議所の大先輩が「稲生君来てんね」と芸者のところに呼ばれた。
 芸者さんの、着物の胸のところに手を突っ込んで、「ほら、伽羅の香りがするやろ」と私の鼻を押し付けた。
 確かにお香のいい匂いであった。それも白粉の匂いと、大人の女性の匂いでなんともいえないいい香りになっていたことを思い出す。香水は、強い香りでごまかすのが特徴で、お香はわきが等の生きた人間の匂いをベースに、加えていい香りにする、自然との共生の知恵である。

 我が家の女房は、まだ2歳の幼児の匂いがして、今しか楽しめない妙香だ。毎晩「香水」の香りと、妻や3姉妹の匂いとの戦いが始まる。