この頃思うことがある。

以前から偶然は必然だと気付いていた。



だから、話題が出た人と偶然会ったり、

欲しい情報が偶然TVであったりする。



自分のやりたいことが、他人の何気ないことでやり遂げたり、

何か偶然のようで実は必然だったりする・・・と。



どうもそれも違うような気がしてならない。



我々は、未来を知って、その未来を見つめて必然を演出しているのだと。



どうして信長や秀吉や家康が出てきたか

どんな役目だったか。



次なるシナリオがあり、そのパズルをはめ込んでいくだけの事なのかと。



このコラムもそうである。

書くことは決めていない。



しかし結論が必ず出てくる。



この答えは私も知らない。

しかし必ず答えは出てくる。



火星に行き帰って来るには、520日かかると言う。

その間家族の事が心配ではないのか。



気がおかしくならないか。発病したらどうするか。

そんなことを心配したら、実験は出来ない。



たぶん人類は、地球を脱出する計画があるのだろう。

その時世界平和が実現する。



人が空を飛びたい・・・飛行機が出来た

遠い人の声が聞きたい・・・電話が出来た



もっと多くの人と結ばれたい・・・インターネットが出来た



それは既に計画中の地球脱出のシナリオがあるからだろう・・と思わないか?



未来が先にあり、過去を演出する。そこに役者を用意する。それは適材適所であるはず。

役者は時には失敗もするだろう。その役者の失敗を、補う役者が出てきて、チャンチャンで終わる。



でもこの原発のシナリオがどうも解らない。

知っている事は、書くことが出来ない。



この暑い秋はどんな演出から来るのか?

これも解らない。地球外気は冷却期に入っているのに???



明日が必ずやってくることに感謝感謝!!