“ただ、風 ひとつ”

        宗司(店主)

 

「国破れて山河在り

(杜甫)のオマージュのような詩を書きました。

「咳きをしてもひとり」(尾崎放哉)にも似ています。

「国破れて・・」は黒澤明の「七人の侍」や「風と共に去りぬ」を思い出させます。

 

ただ、私の詩は、会社に歩いていく5分ぐらいの間に風が吹いてきたのを感じて、書いてみました。

その時一寸、風が吹いていた様子ですが、我々がいつ何時、どうなろうとも、この風っていう奴は、また吹くんだなぁと思ったからです。

 

おっとそれでは、「国破れて・・」と同じじゃねぇかと思うでしょう。

その通りですが、あの場合は、戦争の悲しさと、人のむなしさ

まるで、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響在り」の平家物語の冒頭の句共にお手入るような感じがします。人間の煩悩・エゴの到達地点を、ばかばかしいものだと詠っているのではないかと思われます。 

 

しかし、時が流れ、日本はもはや平和。「はやぶさ」が7年ぶりに、地球に帰り、日本のとてつもない、科学技術と根性に圧倒されたニュースが報じられました。

このような宇宙時代に突入する、これは、ヨーロッパの大航海時代に似ているのでは?

ということであれば、今後日本が、宇宙へ旅発つニューリーダーになっていくのではないかと思う。そうであれば、早く、宇宙への領地拡大が必要になるのでは。どんどん、ロケットを飛ばし、旗を立てていかないといけない。それは、今の地球人類のためにも。

何かあり、地球がなくなっても、無くなった場所に、「風」だけが吹いていると言うことでどうでしょうか。(宇宙での風が物理的にどうなのかは知りませんが)

 

ただ、風を神が何故作ったのか?その答えを、ゴルフのボールに例えてみると、打つのは人間。しかし飛んでいき、偶然を作るのは風かもしれない。その風が急にフォローになっていい所に着地させるのは、神業かもしれません。

「ただ、風 ひとつ」になった場合。神がこんな愚痴をもらすかも。

「ああー今度の人類も、失敗したか、何時になったら、思ったとおりの人類が出来上がるのか。」

 

 

人間を超えようとした、「コンピューター」が進化と言う過程で、人類に反乱する事を予言し、そのなかでまた生まれ変わる地球や、人類を描いた「2001年宇宙の旅」。

まるで、神に近づこうとして、崩壊した「バビルの塔」の喩えのように。

 

果たして、人類は本当にむなしいものか。

平家物語は何を言おうとしたのか。

杜甫も名文でその通りと読む人を引き付けるかもしれないが、

本来は人類は善であり、より一層、善くなることを目指した進歩(進化ではなく)の過程である事を信じ、何枚も皮を脱ぎ捨てることが出来れば、

それが神業であり、フォローの風であるのでは、

人類最大の目的「ユートピアを創造すること」

その為に神風が吹き続ける、そんな思いをこめて、詩を作ったわけです。

作ったのは、数分、説明がああしんど・・・・・

 

 

ああそうそう書きながら思い出しました、北山修作詞「風」にも感謝感謝!!!