人間って勝手なもので、昨日まで、「雨よ止め」と言っていたお願いが叶ってしまえば、こんなに暑いんじゃ「雨ぐらい降れよ」といってしまう。

 

「神様はカテゴリーが一つであれば、一つのことしか聞いてくれない」と思ったのは、高校生の頃だ。183センチでのっぽの僕は、63キロしかなかった。太りたくて、毎日ブルワーカーで鍛えていた。鏡を見るのが楽しみになるぐらい、筋肉が付き、筋肉自慢の始まり始まりである。しかし68キロまで。もっと太りたいと思っていたら、受験体制になり、夜毎の、おにぎりを楽しみに勉強をしていたら、勉強は頭に入らず、勉強は血となり肉となった。70キロを超えて見る見る80キロ。もう痩せたいと願ったが、もう遅い。大学では88キロになった。遂にもう痩せる事はない。神様は一つの願いしか聞いてくれない。・・・と思ったことと同じであろう。

 

さて、太陽は一秒間に9.3×1022乗/2.5×103乗キロカロリーという莫大な熱エネルギーを放射しているという。

これは200万トンの石炭を一秒間で燃焼したのと同じ熱量であるという。

太陽から発する一千万度という熱が、地球に達するときには、地球上の生物たちにとって丁度いいものとなる。

しかし毎年、熱中症で死ぬ人が多いのはどういうわけだろうか。

自然界には「1fゆらぎ」というものがある。例えば、「ろうそくの炎」「小川のせせらぎ」「木漏れ日」「そよ風」「蛍の光」「ジョンレノン・美空ひばり・ユーミンの声」。

人間は常に「ゆらぎ」が必要なのだろう。親は必要なときには怒り、やさしくもなるから親として一緒に暮らせる。母の味は、毎日塩加減が違うから、飽きない。

暑い日があり、寒い日があるから人はいろいろ考え、知恵を働かす。

貧乏で育つと、お金持ちになりたいと思う。お金持ちになったが、心はちっとも幸せではないという人がいる。

 

そこで考える、本当の幸せはと。

お釈迦様は悟られた、「中道」という精神を。どちらにも偏らない「中道」を保つことが悟るための道だという事を。これは肉体修行をされた時に、スジャータという女性からミルクに似た飲み物をもらい、(あるメーカーが商品の名前にしている)それを飲んでいる時に、歌が聞こえて悟られた。その歌は、「弦は緩くては、音色はならないし、強くては切れる」というようなことだったと思う。

そして、「中道」の精神を保つためには、「八正道」を行うこと。

「八正道」とは、1.正しく見る2.正しく思う3.正しく語る4.正しく仕事を為す5.正しく生活をする6.正しく道に精進する7.正しく念ずる8.正しく定に入る・・である。

 

熱中症に話題を戻すと、大自然の法則、または秩序からいえば、1fゆらぎにすぎない。

太陽自体が熱くなったり、冷たくなって、自分を保っている。

このことにうまく乗っていくのが自然である、人間のする事だろう。その知恵を出すためにする事は、「八正道」にのっとっての反省ではなかろうか。反省は感謝を呼ぶ。感謝は相手の幸せを呼ぶ。相手の幸せは、自分の幸せとなる。

こんなに熱くなったのは、自分の言い分ばかりを願い、「中道」精神と「知足」を忘れた天からの罰かもしれない。

人類は「中道」を思い出し、「知足」と「感謝」の精神で生活すれば、極端な気候から、穏やかな気候に変わるのではないだろうか。

熱中症で犠牲になった方々、ご冥福をお祈りいたします。

 

熱中症の予防は、塩分が大事だそうです。

今日も焼酎に塩を入れて飲もうっと。熱焼酎になっています。

 

「ゆらぎ」のあるそよ風に感謝感謝!!